先日、ヒロモクの戸鳴くん・RAYm’sの光山さんとの3人で仙台に修学旅行へ行ってきました。
そこでシネジックの本社見学と、3.11で被災した小学校の視察という、対照的な二つの体験をしました。
この二日間は僕たちが向き合うべき「建築でできること、できないこと」について深く考えさせる貴重な時間となりました。
1. 技術探求の場:シネジック本社見学(一日目)
ひときわ目を引く建築です。
シネジック本社は単なるオフィスではありませんでした。
シネジック本社は単なるオフィスではありませんでした。
・技術が織りなす美しさ
本社に入るとまず視界に飛び込んできたのは、複数の木造トラスの羅列によって形成された、まるで貝殻(シェル)のような美しい架構でした。
技術的な合理性と、木材の持つ温かい美しさが調和していて、まさに圧巻の一言です。
技術的な合理性と、木材の持つ温かい美しさが調和していて、まさに圧巻の一言です。
・実直さを証明する実験室
特に印象的だったのは、様々な樹種や部材に対して、シネジックの釘がどれだけの強度を発揮するかを徹底的に実験するスペースです。
この地道で実直なデータ収集こそが、構造計算の安全性を担保するための、最も信頼できる基盤であると実感しました。
この地道で実直なデータ収集こそが、構造計算の安全性を担保するための、最も信頼できる基盤であると実感しました。
2. 歴史の重みを体感:被災小学校での学び(二日目)
本社で技術の最先端を見た翌日、僕らは3.11の津波で被災した小学校を訪れました。
・生々しい記憶との遭遇
運よく、当時の校長先生から直接解説を伺う機会に恵まれ、さらに自衛隊の皆さんと共に当時の状況を追体験することができました。
教室の時計が止まったままの時間、人々の必死の避難の様子が克明に語られ、胸を締め付けられました。
教室の時計が止まったままの時間、人々の必死の避難の様子が克明に語られ、胸を締め付けられました。
・木構造技術者の無力さ
自然の猛威を前に、これまで積み上げてきた建築の知識や技術が、一瞬にして飲み込まれてしまう現実を突きつけられました。
この時、「自分は一体、何を守れているのだろうか」と、木構造技術者の端くれとして、強い無力感を覚えました。
この時、「自分は一体、何を守れているのだろうか」と、木構造技術者の端くれとして、強い無力感を覚えました。
3. 無力感の先に:私たちが目指すべき「防災インフラ」
この二日間の体験は、僕に大きな問いを投げかけました。
・建築の限界と可能性
強固な建物を作ることだけが僕らの仕事ではなく、木造建築は津波そのものに対してはほぼ無力、という「できないこと」を明確にする必要があります。
その上で、建築でできることは、人々の命を守るための避難経路、避難場所を適切に整備することです。
その上で、建築でできることは、人々の命を守るための避難経路、避難場所を適切に整備することです。
・訴えかける必要性
災害大国である日本において、個々の建物の強度だけでなく、
地域全体の「防災インフラ」の整備を社会全体に訴えかける動きが、技術者にも求められていると感じています。
地域全体の「防災インフラ」の整備を社会全体に訴えかける動きが、技術者にも求められていると感じています。
4.まとめ
シネジックでの技術への信頼と、被災地での無力感。この両極の経験は、建築の未来を考える原動力となりました。
僕たちはこれからも安全な木構造技術を追求しつつ、社会に貢献していきます。
僕たちはこれからも安全な木構造技術を追求しつつ、社会に貢献していきます。